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2008.10.24

理解と離解

近藤Blogを欠かさずチェックしているわけだが、先日、面白い記事があった。
札幌が降格決定した時、サポから流れていた音声が札幌側に対しての礼節に欠けるのでは、という提議。
諸所読んでみると、成る程、試合終了後にバカボンのSEが鳴っていたそうな。
確かにそりゃないだろ、と思う。
不本意にしろ、札幌は降格したわけだから、そこはそっとしておくべき。
そんなルールがあるのかよ?
と言われれば、おそらく無いだろう。
ただ、美しくない、とは言える。礼節の美意識が欠如した振る舞いは見苦しい。
どんなに普段バカをやっていても、締める所ってのがある。
故に「バカ」が際立ち、面白みが増す。
普段バカ、締める所もバカとあっては「真性のバカ」ということで哀れみと呆れの評価だけを受けることになるだろう。
柏サポというのは「真性のバカ」なのか?
オレは違うと思う。

勝利のダンスをやらなかった、それが既に札幌への敬意だ。
というのは正しいし、見事な配慮だなと思う。
しかし、何故、そこまで配慮できるのにバカボンSEまで考えられなかったのが残念でならない。
バカボンSEはオレも何回か勝利後に聞いてる。
ただ、その真意は知らない。
どんな形(相手のOGのみで勝利)でも、勝ち点3がこれ以上なく貴重なんだ、という意味合いを込めてるのかな、と推測してたくらい。
本当の真意は作成者とそれを知る者だけであり、その真意が全員(サポ以外、選手、一般客層含め)の共通認識である、という考え方には賛同できない。
あくまで「ごく一定範囲内で通用する常識」であって「世間の常識」ではないから。
「なんでオレ達の常識を知らない!?こんなに配慮してるのに!」
今回に限らず、よくこういう事を聞く。
でも実際の答えは、それはごく狭い常識であって、配慮ってのが(自分で足りていると思っていても)足らなかっただけなんだ。

今回の近藤の記事は、札幌寄りでも柏寄りでも無い、そうオレは認識してる。
それが敢えて、立場的には柏に所属する選手から聞けたことは有り難いことだと思う。
敵(今回は札幌か)から言われりゃ難癖で済まし、一般客から言われれば事情を知らない者だからで済まされる可能性が高い。
誰も言わないかもしれないけど、実際こう受け止められてるよ、というのは年功を重ねるにつれて聞きにくいし言われにくい。
勿論、中には頓珍漢な意見で拝聴の価値無し、という意見具申というのは多々ある。
けど、今回のは違うと思う。
これがうちの文化だ、と力説する場ではなかった。

じゃあ、どうすれば良かったんだよ、と。
柏の選手達に拍手のみでよかったんじゃねぇかな、と思う。
そして心の中で「札幌すまん。だが、こっちも生き残りに必死」と手を合わせ。
後はコンサドーレコールと柏コールを一発かまし、神妙に退散。
喜びはぐっと噛み締めて。
残念ながら互いに下位同士、縁有って介錯を取った場では、それくらいしてもいいんじゃないか。
そういう試合だったんだろ?

カッコイイ柏レイソル、でいてほしいな。
あと近藤にはこのままBlogを書いて欲しいね。
皆が書いて欲しい記事じゃなくて、自分が書きたい記事を。
多少の配慮は必要だけど、今回くらいのでどうこう言われたら何も書けない。
そんなん言うなら旧マネージャBlogの方が遥かにエキセントリックだったな。
でも、Blogなんてそんなもんだろ。

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2008.10.20

蜂蜜と歩き出せクローバー

CloberではなくClover。
折角のFour-leaf cloverの御利益が薄れるぜ大重さん!

それはいいとして・・・
出社したらレッズサポから「トドメを刺したねぇ」と言われた。
はて、なんのことやら?と思ったら、なるほど、札幌が降格決定だったのが先日のこと。
トドメは別に柏が刺したんじゃなくて、最後のループにいたのが丁度柏だっただけ。
毎試合徐々に徐々に、トドメを刺しあっているのが試合なわけで。
一試合負けただけでトドメを刺す、なんてこたぁない。
なんというか、そういうのを見るにつけ、
「野次馬根性。責任回避。事勿れ主義」
という、日本人気質から発する汚臭を感じる。
皆が皆、一刺し、また一刺しと、手に刃物を持ち意思も明らかに刺している。
己もまた加担した一部であり、その上で成り立っているという現実。
自分だけは関係ない、自分だけは綺麗なままでいたい、当事者にだけはなりたくない。
でも、どんなものかは見ていたい。

サッカーには引き分けがある。
勝負つかず、という次回持ち越しの合図だ。
最近は放映の都合だか別の何か理由があるのかは知らないが、本来、サッカーにはPKがある。
引き分けにはならない。
試合が始まったら、対峙した者のどちらかはくたばる、その図式を崩さない。
そのPKにはサドンデスがある。
最初は5人で決するのに、6人目以降からは一人ずつになる。
1人で全員の生き死にを決める、正にPKの名に相応しく、ペナルティ(罰)だ。
失敗したら、個人が全ての罪を背負って終了する。
本来、相手が負う罪の為に存在するはずのPKが、蹴る側にも罪が発生する、なんとも欧州的な発想だなとは思う。
そんなPKの文化、本当の真意は、日本じゃ根付かないとも思う。
どっかでやはり、「無関係の連帯」というのがDNAに深く刻み込まれてるから。

三方一両損、大岡裁きにて目出度く引き分け。
また次回をお楽しみに。
興行的にも回数が増えたほうが良いだろうしさ。

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2008.10.11

刹那の勝者=挑戦者

例によって海外出張に来ている。
単独行動で二週間。実に孤独で刺激的だ。
今は列車に揺られ移動中。
ノートPCの電池が「あと30分でおねむだヨ?」と語りかけてくる状況。
今回も例によって例の如く色々とあったが、それらは割愛する。
しかし、ここ最近、色々と考えることがあったので、それを垂れ流してみようと思う。
多分柏とは何の関係もないかもしれないが、まあ、それもいつもどおり、か。

勝者と挑戦者。
キーワードはこれで、最近考えてた。
仕事で様々な事象や問題にぶつかる時があるが、ふとした瞬間、
「オレは何をしてるんだろうか・・・??」
頭を過ぎる。
これは「何で生きてるの?」という根源的な問いかけに似た匂いを感じる。
つまり、考えるだけ無駄、ってことだ。
生きてるから生きてる、それ以上も以下も無い。
しかし世の中、ざっと見渡してみると、生きる上で上手く行ったり下手を打ったり多種多様。
所詮自分もリーマン稼業に身を賭してるわけで、その業績で口に糊塗る渡世。
なるべく上手くいった方が良いに決まってる。
買い物もしたいし、旅行にも行きたい。
凡夫の考えそうなことですね。
じゃあ、上手くいくにはどうしたら良いのだろうか?
勝者になるためには何をすればいいのか?

沢山の要素があると思う。
幸運や努力、才能。
しかし大多数の人間(オレ含む)は極端なまでに突出した才能は持っていない。
だから、いつも何かに向けて挑戦を続けて、何かを得なければいけない。
たぶん、きっと、楽して濡れ手に粟、みたいな事は滅多にないと思う。
勝者の雰囲気だけを維持したがる人は生涯薄っぺらい雰囲気だけで終わると思う。
確実に手元に残る確固とした勝利を得る為にはどうしたらいいのか?
挑戦者で在り続けるしかない気がする。
勝者に成りました、そこで歩みを止めた瞬間、次には敗者への道を歩んでる。
勝者になれるのはほんの瞬間だけでしかない、そう捉えられる。

勝者で在り続ける、というのは、挑戦者で在り続ける、と同義なんだろうきっと。

最近は常にその意識が体を押し続ける。
時にはへこむ。
辞めてー、と呟くこともある。
だけど、オレはまだまだやりきっていない、出し切っていない。
チャレンジしてない、十分な準備もしてない、全然満足できない。
「勝者以前に挑戦者として不十分」な所ばかりが目に付いて、そんな自分にイラっときては歩を進めている。
仕事や生き方、全てにおいて「絶賛挑戦してます、オレ」と言える人間でありたい。

この前、久しぶりに柏が勝った。
もちろん、勝ち点的には当然勝ってほしい。
けど、それ以上に、挑戦者です柏、というプレーを常に体現してほしい。
見る者に、観戦者に勇気を与えるような。
柏を応援してきたオレの根拠はたぶんそこにあるから。
順位が上位だろうが下位だろうが関係なく。

頑張ろうね。

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